「喜びの詩」   第44号 2008年9月12日

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目次

□ 世界の成り立ちについて
□ 人のありようについて
□ 生きることについて
□ 自分の生を、より大きな喜びにすることについて
□ 他者との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ 社会との関わりを、より大きな喜びにすることについて
■ いくつかのものごとについて
   ● 循環
   ○ 展開のかたち 再び
   ○ 物質
   ○ 知を活かすこと
   ○ 相似のたとえ

(本号に掲載するもの:■●)
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─────── 循環


様々なものごとの中に、循環という要素が、相似的に見いだせる。
そもそも最初の循環は、「意、識」の循環、つまり情報の入出力の循環に始まるもの。
そして全ての循環は、「動、静」「起、結」のように、「有、無」に対応する二つの概念を、
往復するかたちで成り立つもの。

人の体は、ずっと休めていると、問題が生じうる。ずっと動かしていても、問題が生じうる。
動かしては休むという、不断の循環の状態のみが、体を快調に保ちうる。
同様に、息を吸っては吐き、ものを食べては排出し、血液を送っては還らせる、
そうした不断の循環のもとで、初めて体は一定に維持される。
生物のありようは、万事このように、一方の極に落ち着くことはできないもの。
また、二つの極の中間に、静的に落ち着くこともできないもの。
できるのは、循環によって、動的に安定を成すことのみ。

極端であることは、純粋な力にもなり、危うさにもなる。
極端な二つのものごとの間で、循環運動をすることは、
危うさから逃れつつ、力を獲得し続ける方法になる。

このことは、たとえば、人の生きる姿勢についてもあてはまる。
「刹那主義」と「達成主義」の循環や、「利己主義」と「利他主義」の循環は、
やはり極端な二つの姿勢から、有効な要素を取り出すもの。

人生そのものも、肉体の誕生から死に至る、繰り返される一つの循環。
その中は常に変化の連続になり、結局、安定期というものが訪れることはない。
ゆえに、変化を不安によって受け止めようとすれば、きりがなくなる。
つまり人生は、変化に身をゆだね、それを積極的に味わい、楽しむようにできているもの。
安定は、変化の全体を見るときに、循環というかたちとしてのみ見いだせるもの。

宇宙の天体というものも、生成から崩壊に至る、ゆっくりとした変化の中にある。
崩壊すれば、それは再び生成しうる状態に戻り、やはり循環が成り立つ。

「もともとの意識」による表現自体も、正の方向へ向かっていく、変化の中にある。
その無限の展開の全体は、「完全な状態」に等しくなり、表現の出発点と合致する。
やはりそこに、循環が成り立つことになる。



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 あとがき
ここでは、様々な局面に共通して現れる、循環というものについて考えました。
次号では、連載初期に取り上げた「展開のかたち」について、続きの展開を考えます。
 それではまた。
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発行者 哲楽人  週2回発行(月曜・金曜)
バックナンバー掲載サイト http://www.yorokobi.info

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