「喜びの詩」 第43号 2008年9月8日
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目次
□ 世界の成り立ちについて
□ 人のありようについて
□ 生きることについて
□ 自分の生を、より大きな喜びにすることについて
□ 他者との関わりを、より大きな喜びにすることについて
■ 社会との関わりを、より大きな喜びにすることについて
○ 社会
○ 教えと道徳
○ 集団
○ 知ることの必要
● 社会での価値観、世界観 (○前半/●後半)
□ いくつかのものごとについて
(本号に掲載するもの:■●)
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人生とは、限られた時間。
よって、人生の成功とは、限られた時間を、
満足のいく状態で過ごすこと、つまり、より大きな喜びのもとで過ごすこと。
それは、物的な富の所有とは、直接には関係のないこと。
物的に「所有すること」と、時間を「過ごすこと」とは、およそ隔たったものごと。
物的な富の所有は、むしろ時間をよりよく過ごすための手段の一つ。
そうした所有のために、時間を単に犠牲的に消費するのは、本末転倒。
物質の世界にある物は、誰も本当には所有できない。
全ての物は、期間限定で借用しうるのみ。
所有について心を悩ませ、所有を目指して苦労を重ね、ようやく所有を達成しても、
しばらく所有を守ったあとは、肉体の死とともにそれを手放す他はない。
一見確かに見える物的な富は、誰も所有することはできず、
すり抜けていく体験こそが、本当に所有できるもの。
人生は、いわば「舞台での舞」。
それは、幕で区切られた、終わりのある時間芸術。
そこで、舞台上の小道具をかき集めて所有しても、何のためにもならない。
すべきことは、必要な小道具を用いて、よりよく舞うこと。
幕が閉じれば、それらは全て置いて、舞台を去らなければならない。
舞の価値は、どう舞ったかで決まる。
小道具をどれだけもったかではない。
よりよい舞をすれば、自然と小道具は集まってきうる。
しかし、単に「小道具を集める」という舞は、よりよい舞にはなりえない。
人は、人の手による枠組みとしての、社会生活に没頭する内、
生というものの大きな構図を忘れやすい。そして、
その枠組みの中で流布する価値観のもとで、とりあえず高い水準を目指そうとしやすい。
その典型が、物的な富、つまり経済上の富を、単に多く所有すること。
これは、遊技の一つとして、また成長の一つとしては、肯定しうる。
しかし、単に多くを所有するという方針は、常に喜びを約束するものとは限らない。
たとえば、その方針のもとで、他者を犠牲にしながら、善行を忘れれば、
いつのまにか、苦しみの迷い道に踏み込んでしまうこともありうる。
家族において、その集団としての方針が、単に多くを所有するということに向かえば、
家族の中の役割の内、外側から守る方ばかりが厚くなり、内側から支える方が疎かになりうる。
すると家族は、かたちとして立ちゆくことができても、中身の虚ろなものになりうる。
その中では、子供は、物理的に育まれても、精神的に育まれにくくなりうる。
家族という集団の生も、やはり限られた時間。
その価値も結局、いかに所有したかでなく、いかに過ごしたかで決まるもの。
幼い子供は、親が何かを買い与えてくれることよりも、親が何かをつくってくれることや、
親と一緒に何かをすることを通して、親の愛を実感しやすい。
それは、自分に直接向き合ってくれている時間が、そこにあるゆえ。
仕事に向き合った時間を、対価に換えて与えられても、時に愛を実感しにくい。
幼い子供は、物の金銭的価値はわからなくとも、時間の価値は直感しうる。
そもそも人生が、限られた時間であるなら、時間とは、人生のかけらそのもの。
それだけ確かに大切なものを、贈られ、共有することで、子供は満ち足りることになる。
人が社会の中でもつべき能力は、物的な富の所有に直結するものばかりではない。
中でも大切なのは、豊かな感受性をもつこと。
それは、感じとれる味わいを豊かにすること。
それはそのまま、人生を豊かにするもの。
それはつまり、時間を豊かに彩るもの。
もし感受性が乏しければ、物的な富をどんなに所有しても、
その有効な使い道がわからず、時間を豊かに過ごすことにならない。
つまり、感受性というものは、人生の成功に直結する能力と言える。
豊かな感受性のもとで、創造性や、探求心や、愛の思いが生まれてくる。
そして、それぞれから、芸術や、発明や、道徳が生まれてくる。
つまり、社会における本当の価値の多くは、
感受性の力があって生み出されるもの。
感受性は、一見実利的と思われるあらゆる能力よりも、
本当の利、つまり大きな喜びを、社会そのものにもたらしうるもの。
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あとがき
ここでは、社会における価値観として、所有、時間、人生の成功、などについて考えました。
ちなみに、お金とは、人がやりとりする喜びを、数量に置き換えようとしたものと言えます。
それはある程度有効に機能する一方、それで置き換えられない喜びも様々ある、
というのが中立な見方でしょう。つまり人生において、お金の位置付けとは、
軽視するのは誤りなもので、過信するのも誤りなもの、と言えるでしょう。
一見当たり前ですが、人はついどちらかの見方に偏ってしまいがちかもしれません。
以上で、社会との関わりについての考察は終了です。
次号からは、日常に降りた視点を、再び非日常へもっていき、
全体を総括するような、いくつかのものごとを取り上げていきます。
まず最初のテーマは、「循環」です。
それではまた。
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発行者 哲楽人 週2回発行(月曜・金曜)
バックナンバー掲載サイト http://www.yorokobi.info
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