「喜びの詩」   第21号 2008年6月16日

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目次

□ 世界の成り立ちについて
□ 人のありようについて
□ 生きることについて
■ 自分の生を、より大きな喜びにすることについて
   ● 感情の循環 (○前半/●後半)
   ○ 体験の循環
   ○ 完全さと不完全さ
   ○ 苦しみの成り立ち
   ○ 苦しみの解消
□ 他者との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ 社会との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ いくつかのものごとについて

(本号に掲載するもの:■●)
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感情を喜びへ向けることは、人生の目的に直結した作業。ゆえに、
感情を制御することは、つきつめれば、人生における主要な仕事の一つと言える。

感情の制御とは、
感情を一旦発した後に、その動きを制御することと、
感情の習慣的な発し方、つまり「鋳型」を制御すること。
前者を繰り返すことが、後者につながる。

人は思いを発すると、自らそれを味わうゆえ、続けて同じような思いを発しやすい。
つまり、感情の循環は、一旦生じると、ひとりでに持続しうる。
さらにそれは、ひとりでに加速し、増幅しうる。
一方でそれは、ひとりでに減速し、減衰しうる。

たとえば、喜びという正の感情を、
言葉や表情や態度など、行いの上に表せば、その味わいによって、同じ感情が増幅される。
小さなきっかけから生まれた感情も、循環を繰り返せば、大きな感情になりうる。
感情が変化すると、意識と連動する体の状況も、それに合わせて変化し出す。
感情の循環が続くと、その循環の「鋳型」が、ひとりでにつくられ出す。
「鋳型」によって、同じ感情が循環しやすくなると、さらにその「鋳型」は強固になる。
強固な「鋳型」は、反対の感情をすぐに減衰させ、いつもの感情を呼び起こすようになる。
そして習慣的な感情は、「具現化作用」を通じて、それに類する出来事を引き寄せ始める。
情報の入出力の循環は、体験世界を巻き込んで、より具体的なかたちで展開し出す。

こうしたことは、怒り、恐れ、悲しみという負の感情にも、全く同じくあてはまる。
つまり、日常の積み重ねにおいて、循環させる感情が、
正の感情か、負の感情かで、その結果は大きく違ってくる。
ゆえに、感情の制御が大切になる。

ひとりでに感情が増幅したり、「鋳型」ができたりするのは、「自動の働き」による。
人の意識の活動も、「自動の働き」に補佐されながら成り立つもの。
自分の感情が、時に自分の望まない動きをするという他者性は、この「自動の働き」から来る。

ただ、この働きは、気まぐれなものでなく、法則に沿ったもの。
その働きは、与えられた方向性を、正負を問わず強めようとするもの。
その働きにきっかけを与え、かじを取っているのは、自分であることに変わりない。
かじ取りがうまくいけば、人馬が一体になるように、その他者性は消えていく。
それがつまり、感情を制御した理想の姿にあたる。

負の感情の循環を抑えるには、いくつかの方法がある。
まず、純粋に「意」の働きによる方法と、情報を利用する方法がある。
後者の方法には、考え方を用いるものと、感覚刺激を用いるものがある。

純粋に「意」の働きによる方法とは、
感情の動きに自覚的になり、思いで思いを制すること。たとえば、
純粋に、思うことで負の感情を抑えたり、思うことで正の感情を起こしたり、
思いを他のものごとに集中して、負の感情の減衰を促したりすること。

考え方を用いる方法とは、
感情を切り替えるのに有効な、解し方や考え方を試みること。たとえば、
負の感情を起こすことが、どんなに損で、望まない結果をもたらすかを思ったり、
現状を超越するような、大局的な見方をしてみたりすること。

感覚刺激を用いる方法とは、
感情を切り替えるのに有効な、様々な刺激を味わうこと。たとえば、
喜びの言葉や態度を発してみたり、喜べる何かを見聞きしたり、深呼吸や気晴らしをしたり、
時に反動的な強い刺激を自分に与えたり、他者から受けたりすること。

これらの方法は、後者のものほど実践しやすい。
一方、それぞれの実践にあたって、すでに負の感情が大きくなっていれば、
より確かな「意」の働きや、より揺るぎない考え方、より強い感覚刺激が必要になる。

つまり、ある程度以上、感情が大きくなってしまうと、これらの方法も効きにくくなりうる。
そうなったら、時間はかかっても、やれる方法を繰り返すしかない。
いずれ感情が減衰し出せば、効く方法も増えてくる。
負の感情は、大きくなる前に、より早い内に制御することが肝要になる。

感覚刺激を用いる方法として、代表的なのが、言葉を発し、味わうこと。
言葉というものは、情報や概念そのものに相似したもの。
言葉を唱え、聞き、読み、記すことで、
思いは、言葉の内容に、相似的に近づいていく。
つまり、言葉を矯正することを通して、思いを矯正しうる。
一回の感覚刺激がもつ効果は、一滴の水のようなもの。
繰り返しさえすれば、水がめを満たすように、確かな効果をもたらしうる。

大きくなった負の感情を抑えるには、強い負の刺激を味わうことも、時に有効になる。
たとえば、負の感情を、思いきって言葉や態度に表し、発散することや、
否定的な言葉や態度で、他者から叱られることなど。
ここでは、強い負の刺激の反動で、思いが正の方向に向かいうる。
しかしこれは、繰り返せば逆効果にもなる。
慣れてくると、それはむしろ、負の感情を増幅する刺激になる。
そうなれば、増幅した感情を抑えるために、さらに強い刺激が必要になってしまう。
まず、負の感情を循環させない努力があってのみ、この方法も有効になる。

感情が体に影響する一方、体の状況も感情に影響する。
よい体調は、よい感覚刺激になり、正の思いを誘発し、気力を充実させる。
これは、感情の制御を助けるものになる。

もし傾向として、正の感情は長続きせず、負の感情は膨らみやすいなら、
それは、負の感情の「鋳型」が、すでに強まっている表れでありうる。
正の感情を望んでも、慣れない感情は循環しにくい。
単に望むだけでなく、繰り返して慣れることで、感情はうまく循環するようになる。

感情の「鋳型」が強固なら、その分、感情の動きは制御しにくくなる。
動きを制御しやすくするには、「鋳型」を制御することが必要になる。
しかし「鋳型」を制御するには、動きの制御を繰り返すことが必要になる。

つまり、ある程度以上、強固な「鋳型」ができてしまうと、全ての制御が難しくなりうる。
そうなったら、時間はかかっても、動きの制御を繰り返すしかない。
いずれ「鋳型」が変わり出せば、動きも制御しやすくなり、「鋳型」自身も変えやすくなる。
負の感情の「鋳型」も、強固になる前に、より早い内に制御することが肝要になる。

感情の制御は、人生において、主要な仕事であるとともに、早く取りかかるほどよい仕事。
怒りの習慣や、恐れの習慣、悲しみの習慣をもつ前に、
喜びの習慣をもつことは、大きな喜びへ向かうための、確かな近道になる。



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 あとがき
ここでは、感情の挙動や制御のメカニズムについて考察しました。
感情をコントロールする様々な具体的な方法は、
ここで提示した大まかな枠組みの中のどこかに位置づけられるはずです。
「笑う門には福来たる」「泣きっ面に蜂」というように、
感情の循環は、次第に具現化を帯び、実際の体験へと変わっていきます。
次号のテーマは、「体験の循環」です。
 それではまた。
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発行者 哲楽人  週2回発行(月曜・金曜)
バックナンバー掲載サイト http://www.yorokobi.info

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