「喜びの詩」 第10号 2008年5月9日
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目次
□ 世界の成り立ちについて
■ 人のありようについて
○ 体との連動
○ 眠りと死
● 逸脱現象
○ 可能性
○ 運命
○ 他者
○ 神
□ 生きることについて
□ 自分の生を、より大きな喜びにすることについて
□ 他者との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ 社会との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ いくつかのものごとについて
(本号に掲載するもの:■●)
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─────── 逸脱現象
人の意識は、時に、特殊なかたちで高く「目覚め」ることがある。
つまり、普段沿っている「個体の個性」から、
一時的に、また部分的に、逸脱することがありうる。
その間、意識のもともとの自由度が露になり、通常を超えた能力が発揮されることがある。
時間的に先のものごとや、空間的に離れたものごとを知る、
通常では捉えられない感覚や、隠れているものごとを捉える、
他者の思いを直接に捉え、自分の思いを直接に伝える、
通常の法則を超えて、物体に何らかの作用を及ぼす、
こうした現象は、人に与えられた通常の「鋳型」のもとでは、起こりえないもの。
そこから逸脱した状態で、意識が情報を扱うことでのみ、起こりうるもの。
こうした「逸脱現象」が起きやすいのは、
ふとした瞬間、いわば意識が澄んだ状態になった時や、
急な事態で、いわば意識に大きな圧力がかかった時や、
幼少期で、いわば意識が「鋳型」に沿いきれていない時。
強固な「鋳型」からの逸脱が、こうして、時に成り立ちうるとすれば、
それは、もともと人の意識の自由度が、それだけ高く設定されていることを示すもの。
また、明瞭で、つじつまの合った、ありありとした世界にありながら、
こうした明瞭でない現象や、つじつまが合わない現象が、時に成り立ちうるとすれば、
それは、もともとこの世界が、情報の表現であることを示すもの。
「逸脱現象」は、時に有用でありえ、喜びをもたらしうる。
しかし、それ自体は、必ずしも目指すべきものではない。
生とは、あえて「鋳型」に沿って「演じ」ることに意義があるもの。
こうした「逸脱現象」が一時的なもので、常時続かないのも、そこに起因する。
「自動の働き」は、逸脱の状態を、常にもとへ戻そうと働くもの。
たとえば、サッカーは、手を使わないという規則に沿って、いかにプレーするかが主題。
そこでは、いかに手を使うかということは主題になりえない。
もちろん、何か必要が生じた時や、緊急な時に、手を使うことは自然であり、すべきこと。
しかし便利だからと乱用すれば、それはプレーを蔑ろにし、むしろ興ざめすること。
そして、サッカーが終われば、誰でも手は使えるもの。
人によっては、生まれながらの資質として、通常を超える能力をもつこともある。
つまり、「個体の個性」の内、特定の能力の制限が、緩く設定されていることもある。
その場合、意識が高く「目覚め」なくとも、持続的に「逸脱現象」を起こしうる。
ただ、現象が通常から逸脱しているだけでは、それは尊いものにはあたらない。
その現象が人々の喜びに資するとき、それは尊いものになる。
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思いという情報は、「具現化作用」によって、具体的な現象という情報に、変換される。
その変換の途中の情報は、思いとしての側面と、具象的な側面をもちうる。
それは「気」にあたるもの。
ふつうの感覚を研ぎ澄ませば、「気」を思いとして察知しうる。
特殊な感覚や測定によれば、「気」を物質的な姿として捉えうる。
つまり「気」とは、思いと物質の中間にあたる存在。
それは思いに追随し、物質の現象を先導するもの。
それは具現化の程度によって、様々なかたちをとりうるもの。
人は本能的に、痛むところに手をあてる。
治そうとする「気」が、具象的な側面として、手から多く発せられているとすれば、
人がそうせずにいられないのも不思議はない。それは実際に、最初の有効な「手当て」になる。
人が普段まとっている「気」は、習慣的な思いや、直近の思いによるもの。
それはつまり、具現化に傾きつつある、情報の集積。
気力の大きい状態とは、積極的な正の思いによる「気」が、多く集積している状態。よって、
気力が大きいとき、正の思いは弾みがつきやすく、負の思いは埋没しやすい。
気力が小さいとき、正の思いは埋没しやすく、負の思いは弾みがつきやすい。
つまり気力によって、思いが影響されうる。
しかし、新たな気を生み出し、気力を制御しうるのは、やはり思い。
そしてその思いは最終的に、意識の自由に基づくもの。
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あとがき
ここでは、超常的な現象や、「気」というものの位置付けについて考察しました。
次号では、人の本当の可能性について考えます。
それではまた。
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発行者 哲楽人 週2回発行(月曜・金曜)
バックナンバー掲載サイト http://www.yorokobi.info
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